
これまでの連載では、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症といった慢性・難治性の腰痛に対するFMT腰痛治療法のアプローチを解説してきました。しかし、我々が日常臨床で遭遇する頻度と、患者様の生活に与えるインパクトの大きさで言えば、「急性腰痛(ぎっくり腰)」もまた、極めて重要な疾患領域です。
「魔女の一撃」とも呼ばれる激しい疼痛、著しい機能制限、そして初期対応の失敗が招く慢性化のリスク。この急性期において、FMT腰痛治療法がいかにして従来の保存療法と一線を画し、患者様の早期社会復帰を実現するのか。その臨床的優位性について詳説します。
急性腰痛の患者様が呈する典型的な状態は、先生方ご承知の通りです。激痛による歩行困難、体位変換の不能、そして何よりも強い防御性収縮(muscle guarding)。この状態は、痛みが更なる筋スパズムを呼び、そのスパズムがまた痛みを増悪させるという「痛みの悪循環」そのものです。
従来の治療アプローチは、この激痛期には安静を指示し、消炎鎮痛薬の投与や湿布の処方といった、いわば嵐が過ぎ去るのを待つ「消極的保存療法」が中心でした。しかし、我々は過度な安静がデコンディショニングを招き、かえって回復を遅らせる(『腰痛診療ガイドライン2012』)というエビデンスもあります。
ここに臨床家のジレンマが生まれます。 「早期に介入すべきだが、患者は痛みのためにベッドに横になることさえできない」 「触診や徒手療法を試みようにも、防御性収縮が強すぎて何もできない」
このジレンマを、FMT腰痛治療法は根本から解決します。
FMT腰痛治療法が急性腰痛に圧倒的な強みを発揮する理由は、そのアプローチの「開始点」が全く異なるためです。
最大の障壁は、患者様を治療体位(臥位)にすることです。FMTは、その必要がありません。患者様は、来院したままの最も楽な「椅子座位」から治療を開始できます。この一点だけでも、患者様が感じる身体的・心理的負担は劇的に軽減されます。
セッティング後、電動で椅子を下降させ「浮遊状態」に移行する。このわずか数十秒のプロセスで、腰椎にのしかかっていた上半身の重さが軽減されます。
この瞬間、痛みの最大の発生源が除去されるため、多くの患者様が「あ、痛くない」「楽になった」と、即時的な疼痛緩和を体感します。この体験こそが、カギとなります。激痛から解放されることで、交感神経の興奮が鎮静化し、強固だった防御性収縮が瞬時に解除され始めるのです。
プロテックによる即時的な疼痛緩和は、単なる対症療法ではありません。それは、前々から述べている「疼痛を緩和した状態での治療介入の機会」の創出です。
急性期において、FMTはこの貴重な時間を用い、以下の介入を行います。
患者様自身が「動いても痛くない」という体験をすることが、回復における最大の原動力となります。
浮遊状態で、患者様自身に骨盤の前後傾や下肢の振り子運動など、ごくわずかな自動運動を行ってもらいます。これにより、固着していた関節が動き出し、スパズムを起こしていた筋群の正常な収縮・弛緩が行えるようになります。
安全な運動は局所の循環を劇的に改善し、発痛物質の排出を促進します。
従来の常識では、数日から1週間の安静を要した症例でも、FMTでは初回治療直後から「一人で立って歩ける」状態まで回復するケースも稀ではありません。これにより、絶対安静の期間を限りなくゼロに近づけ、日常生活動作への早期復帰、ひいては早期の社会復帰(職場復帰)を可能にするのです。
FMT腰痛治療法は、急性腰痛(ぎっくり腰)に対する臨床アプローチを根底から変革します。
激痛期を「安静にして待つ」という受動的な治療から、「安全な環境下で即時介入し、能動的に回復を促す」治療へとシフトさせる。この積極的な介入こそが、患者様の苦痛の時間を最小限にし、デコンディショニングを防ぎ、慢性化への移行を断ち切る最も確実な戦略です。
次回の記事では、これまでの連載で解説してきたプロテックとFMTの有効性を裏付ける、海外の臨床データやエビデンスについてご紹介します。